平戸松浦家家臣
甲斐瀬鬼ノ助
かいぜきのすけ

印山記の「十三、佐世保・日宇手に属す事」にて登場する人物。
印山記からそのシーンを抜粋する。
早岐では遠藤但馬守の嫡子右近と佐々清左衛門が四方山話をしていたが、兼ねてから示し合わせていた通り、夜もようやく午後8時頃になったとき悪多左市が入ってきて、「右近殿あまり下座であろう、上座へどうぞ」と手を取り引き立てるフリをして押し倒せば、下より取って返しまた臥せ返し、上になり下になり騒げばロウソクは倒れて消え、暗闇になり座敷は揺れ動いた。甲斐瀬鬼之助はさぐり寄って大男は右近であろうと筋ばった足を握りつかめば、右近はしたたかに踏みのける力で鬼之助目の玉を踏み出されながら刀で刺し、佐々清左衛門は灯火を持ち出して敵味方を見分け右近の首を打ち落とした。この騒動を聞いて右近の手下が門外にいたが、刀を抜いて切り込むのを見て、これも残らず討ち取ってしまった。あの鬼之助は夜討ちになれたならず者で、今度踏み出された目の玉はついに入らず、あごの骨も不自由になったので、元来疵の多い顔は大変恐ろしく見えた。
この暗殺劇は遠藤但馬守が龍造寺氏に属し謀反を企てているとの容疑から平戸家によって一族もろとも討伐されるという話であるが、実際その当時の平戸家と龍造寺氏との間にそれほどの緊張状態は無く、昨今いわれる平戸家による陰謀説が真実なのかもしれない。平戸家にとって油断のならない相手は到底及ばないほどの大きな勢力を持つ龍造寺家ではなく、領内で独立した勢力持つ遠藤一族だったのかもしれない。