宗家松浦氏家老
井手大和守勤利
いでやまとのかみやすとし

丹後守親を幼い頃より支え続けてきたと思われる家老の一人。
井手氏の出自をたどれば松浦家と同一の祖である。
松浦家の祖である「久」から「直」へと続き「直」の8人の子のうちの3男である「栄」が有田の唐船城に移り有田三郎を名乗り宗家松浦の一翼を担う。その子孫が究から重と続き重の娘、石亀姫に宗家松浦第5代丹後権守直の第三子「給」を迎え唐船城第四代城主とした。その二人の間に7男1女ができ、そのうちの3男が井手を名乗り他の兄弟と共に唐船城の重臣となる。

井手大和守の生年月日は不明だが、唐船城で育った幸松丸が松浦丹後守親と名乗って旧領である相神浦に帰還した永正9年(1512)に一緒に来たものと思われる。またその13年前に起きた今福での幸松丸母子救出の際に登場する旧臣のなかに井手という名があり、同一人物かもしれない。
また吉岡町にある犬堂観音は井手大和守が忠犬の供養のために建てた堂という言い伝えがあり今の場所ではなく田んぼの中にあったという。

佐世保市中里町
中里八幡神社
近く
型:六地蔵塔